李承憲氏が本で語る「悟りとは」

悟りとは何か――。
なぜ人は悟りを得ようとするのか――。

一指 李承憲(イルチ イ・スンホン)氏は、呼吸と平和についての本『息する平和学』の中で、「悟り」についてのわたしたちの疑問にこたえています。

李承憲氏によると、悟りは、自然災害や戦争、飢饉に苦しめられた時代ほど、人々の関心を集めてきました。逆に、平和な時代には、悟りは抽象化された観念となって人々の心の中に眠りがちでした。

悟りとはすなわち「調和の原理」です。人間が、地球に生まれた生命のひとつとして、自然の法則に従い、調和の原理の中に在ることを自覚する。そして、自らの人生を「選択」する存在へと目覚めさせていく。それが悟りです。

李承憲氏は本の中でこう語っています。「悟りは選択だ。悟りはもともと自分の中にあるものを発見することで、自分の真の姿を自分だと認めることだ。自分の実体は、体とその上に被せられた情報ではなく、自分の魂であり、始まりも終りもない永遠な生命であることに気づくことだ」(著書『息する平和学』)

自分の中にあるはずの「悟り」が簡単に見つけられない原因は、観念にあります。様々な情報に振り回されている時の自分は、「マトリックス」、すなわち、「偽りの自我、幻想」であり、悟りからは遠い状態です。観念の殻をやぶり、魂を目覚めさせることによって、自らの意志で「選択する存在」になることができます。

観念から自由になり、選択できる存在となった時、人は自分の責任を自覚します。自らの人生、属している社会、未来の地球に生きる子孫たちへの責任を負おうとする心。そのような心の持ち主は、世の中にとって何が必要なのかを選択し、果敢に行動することができます。その時こそ、わたしたちは自分の人生の主(あるじ)になれるのです。